<概念で出来た少女と盲目男>







それはなんてことのない村
時代の流れに必ず現れる、飢饉で今にも死にそうな村である。
クーデターを起こそうが、主君には向かおうが、どうしようもない。
気候の変動で作物が取れず、冬の直前に餓死者が増えるというのも仕方がない話だ。
最初から食事がなければ、金が取れなければ、どこに怒りをぶつけてもそれが報われることはない。


ひとつの村の、灯りが消えようとしていた。



そこに、ある娘と男が現れた。


その村はすでに、死に掛けていた。


外に人が倒れ、うじがわいている
死体を回収したり、供養する人間もいない。
いたとしても、気力がない。
動いたら、おなかがすく。
動いたら、気力が持たない

死体になるのは、次は自分かもしれない
それなのに、死体なんて見ていられるか




餓死直前の少年が倒れていた
栄養失調で、下腹部はぽっこりと膨らんでいる



村を訪れた娘が、その少年に駆け寄った。


美しい少女だった。
黒く短い髪の、つぶらな瞳が愛らしい少女だ。




「だいじょうぶ?」



少女は、少年の隣にある、手のひらほどの大きさの石に手を触れた



すると、これはいったいどういうことだろう





石が、青い文字のようなものに分解されていく。



少年は、目を見開いた



−−ああ、自分はこれから死ぬのだから、幻覚を見ているのだ



そうとすら思った。




青い文字に分解された石は、まるでコンピューターのプラグラムのようにちかちかと並びかわり




そして、湯気を漂わせた丸いパンとなった。




「さぁ、これを」


嗚呼
嗚呼
なんてことだ!


これは、まさしくパンだ!
この歯ざわりと、暖かさと、口に感じるこれは、間違いなくパンだ!!!
今、目の前にあるのは間違いなくパンだ!!!!

今目の前にいる娘は何をしたというのだろうか!!
しかし、助かる命を捨てるような少年ではない。
少年は、石だったパンに、夢中でかぶりついた。

嗚呼
これは、パンだ!!
自分は助かったのだ!!!!



俗に言う−−−奇跡



それをみていた、周囲の人々が少女を囲んだ。
少女は喜んで、周囲の石をパンへと変えていった。

いや、パンだけではない。


土を、コーンフレークへ
立て札を、チョコレートへ
汚水を、牛乳へ
枯れ木を、ハンバーガーへ



人々は次々に、少女の変化させた食べ物を貪った。
ああ、間違いなく、これは食物だ。
助かった!!
我々は助かったのだ!!!!

村人は歓喜の声を上げる!
彼らは、歴史の傷跡にならないと喜んだのだ!
被害者という、歴史の一部にならずに済んだのだ!!
我々は生き残り、歴史に残らない生活を送るのだ!!




俗に言う『奇跡』を起こした少女は、動きを止める。



奇跡を受け続けた村人は動揺する。

なぜなら、その少女が動きを止めた後、彼女自身が『文字』になったからだ。


眠るように、動きを止め、目を閉じた少女の指先と足が、青い文字になっていく。




村人は、その幻想的な光景をひたすら見つめた。
声をかけても、体を揺さぶっても、少女は目も覚めず、文字の変化も止まらない。






そのときだ






甲高い声が上がる。

耳に入り込み、脳を直接触るような、甲高い声。



すると、どういうことだろう。






村人の体が、まるで糸の切れた人形のようにぐしゃり、と地面に崩れていく。
それだけではない。
本当に『崩れて』いっている。
まるで、熱を与えすぎたゼリーのように
ぐしゃぐしゃと、体が地面に溶け込んでいく。






いったい、我々に何が起こっているのだろうか。



そんなことを考える時間も
痛みや、自分たちの今の姿も理解することもなく

人々は、土に消えていった。




その渦中に立つは一人の男。

黒い服に、青い髪を靡かせるは村を滅ぼした男。
目の部分にはぐるぐると包帯が巻かれていて、どんな表情か読み取ることができない。




人々が解けていった土から、青い文字が浮かび上がり、大気を舞う。


そして、少女に一点、集っていく。






その間、男はひたすら自分の腕を切り続けた。
赤さびた長剣で、肩を、肘を、肉を
滴り落ちる血が見えないのか、服や手を汚しながら、ひたすら傷をつけたのだ












枯れる



男は、村の守り神が祭られる祠を蹴り飛ばしながら、その単語を当てはめた。


この世には、八百万。いいや、それ以上の神がいる。


草の神
花の神
雨の神
雲の神
皿の神
フォークの神
豚の神



そういった細かいものから


動物の神
空の神




こういった広い意味のものまで

その神は、概念を持つ。






その対象を壊すことで、その概念を奪うことができる。


そう。その神を殺すことで、周囲の草が枯れたり
水が腐ったり濁ったり




町ひとつを滅ぼしたり







概念とも言わず、憑いているもの、精霊と呼ばれるものもいるが
その話は、今考えなくともよいだろう






概念を奪って、枯らして、いったいどうなるというのだろうか






普通はない。単純に、なにも ない




だが





男は、祠から這って逃げようとする『神』の首根っこを掴む






その『概念』を、彼女に渡してもらおう











目を覚ました少女は、周囲を見渡す。


村の人は?と尋ねようとするが、傷だらけの男を見て口を閉ざす。
男は、包帯から覗く口だけで笑顔を作り、少女の頭を撫でた








これは、概念を体にする娘の物語







おもどります