さて、まず彼との出会いの話をしよう。
夜が明け皆が光を乞い求める名前。コウヤの話だ。

彼は、先日はなした、壊滅した村のとある高名な呪術師の生まれのようだ。
私のように軍に呼ばれてもおかしくないはずなのだが、彼らの一族はやや特殊なようだ。
【諸外国】に対する【わが国の術式はこんなにも発展しているのだ】アピールのために、野放しにされていた。
愛国心を植えつけられ、諸外国へ術を学び、また教え伝える一族。
なんの術を先行していたのか、また深めて研究していたのか、我々は知らない。
術の内容など関係が無い、ただ、わが国が如何に崇高で技術の高いものをアピールできるかが重要なのだ。

……思えば、このあたりが我が愚かな亡き国はツメが甘いのだ。
まぁ、その一家は世界的に評価されていたから、国としてはそれでよかったのだろう。

国からの支援を受けていたため、彼らは大変裕福であった。
そして、彼らは周囲に対してそれなりに【暖かい】一家であったため、彼らの住む村は国の水準よりも上であった。
私がかつて住んでいた村よりはずっとずっとレベルが高かったようにも思えた。

それ故に、飢えた山賊に、飢えた同郷のものの怒りと狙いが向かったのだ。

飢えは、妬みは、怒りは、知らぬ怒りと言うものは、何よりも恐ろしい刃と業火となる。

小さな彼らの村は、嫉妬の炎に負けたのだ。
……何故、高名な魔術師がいたにも関らず、こんなにもあっさり滅びてしまうのだろうか。
本当に、本当にあっけない。
国の援助を受け、世界的に有名な一族ではなかったのか?


……話を戻り。
私がその村に行ったのは、俗に言う「真実を捻じ曲げるため」である。

高名で諸外国に足を運ぶ、わが国の魔術師が山賊にあっさり村人も守れず亡くなった、だなんていえるだろうか?
わが国の魔術能力の高さをアピールするための人間が、そんな情けない死を認められるのか?

否。

わが国では【死】は選べない
国に認められたものは自由な【死】を選ぶことは出来ない
死してなお、われらの人生を語ることは許されぬのだ。
我らの死をまっすぐに、我らの生をあるがまま語ることは許されぬ。
我々の生涯は、わが国の描かれたものであり栄誉あるものであるべきなのだ。

……馬鹿らしいだろう?
たとえどんなに選ばれたといわれる人間であろうとも
どんなに崇高な人間であろうと
どんなに国に尽くした人間であろうと
どんなに内心ではどう思っていようとも。

死など選べぬ。
描かれたような[死]がかならず迎えることなんで、できるはずが無い。
戦死した人間は、英雄のように美しく勇ましく誇らしく死んだと皆等しく語り家族に伝えられる。

そんなはずがない。
そんなはずがないだろう。

私は幾度と無く、涙を流し怯え死から逃げようと這い蹲る人間を見た。
震え助けを乞い情けなく失禁するものもいた。
敵に背を向け走り逃げようとして転び切り刻まれたものもいた。


さて、これは私の部下の話なのだが―――


私は、こういった光景を見ると―――安心するのだ。
国に妄信したような、洗脳されたような青年たち。
死の間際に見せる、死への恐怖

自らの【命】の渇望


ああ、

私の傍にいたのは、ちゃんと人間なのだ。と。
酷く、酷く安心するのだ。
生きており、死を恐れる人間なのだ。

だが、その真実は消して伝えることは出来ない。
語ることも出来ない。
口にすることは出来ない。

私の【安心】はタブーなのだ。この国にとって。


……失礼。久しぶりに感情があらぶっていたようだ。
話に戻ろう。

その魔術師の【死】を劇的に、英雄仕立てにするのだ。

その村で、強大な怪物が現れた。
その怪物を村に封じ込め、村人とともにいっしょうけんめいやっつけました。
むらはほろんでしまいましたが、くにはたすかりました。
そんなにもおそろしいかいぶつなのです。
まほうつかいさんとむらびとは、かいぶつをいっしょうけんめいがんばってやっつけたえいゆうさんです。

その激戦を再現する為に、私の氷を使ったり、火をおこしたりするのだ。

ああ、馬鹿らしい。
クソのように馬鹿らしい。

苛立ちながら瓦礫を蹴ると、皆殺しになったはずの村で、声がしたのだ。

無残に砕け倒壊した家屋からの、小さな小さな声。





それが、コウヤだったのだ。




衰弱しきり、全身打ち身の痕があり、すすがついている。
汗でぐっしょりと濡れた服を小さく揺らし、小さく呻く。
そんな少年に寄り添うように、小さな鼠のような生き物がいた。
きゅんきゅんと悲しげな鳴き声を上げ、少年の体を冷やすまいと寄り添う。

私は瓦礫をどかし、少年の体を持ち上げた。





ああ






命だ!!!!



命の無いこの村で
命を、生を否定されたこの村で。


息をしている
動いている
生きようとしている。



命だ!





……思えば
これこそが、私が彼を育てたいと
傍に置いておきたいという理由だったのかもしれない。



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