<首なし紳士と首かり少女>





どんな太平の世が訪れたとしても、荒れる人間とは現れるものである。
就職できない人間、働くことができない人間
そもそも、働くより奪うほうが楽と思う人間
必ず現れるものである。
なくなるとすれば、人間の人格が多様ではなくなり、ひとつだけになるくらいだろうか。

だからこそ、自警団が必要となり、取り締まる人間は必ずいなければならないのだ。

ただ、その取り締まる人間が、仏の心を持つとは限らない。

それこそ、人の首を奪う人だっているのかもしれない。








それは、月が見えない夜の日のこと。
ゴミ捨て場の近くに、血溜まりが出来ている。
血溜まりの真ん中の肉塊からごそごそと物音が鳴るかと思えば、黒い影が二つ走り去っていく。




「物盗りかい?」



黒い影は立ち止まる。

一人は、無精ひげを生やした、くたびれた格好の男性
もう一人は彼よりもいくばくか若い―――無精ひげの男性の皺をとったような外見の男性だ
もしかしたら、親子なのかもしれない。


「ただの物盗りならともかく、命を奪うのは感心しないなぁ」


男たちは、声のする方向、背後に目をやる。
先ほど使用した、血まみれの短刀を構えながら。

誰だ、と声を上げようとするが、言葉と意思は悲鳴に吸い取られていった。





「そんなに驚くことはないじゃないか」



闇夜に佇むは、ひとつの影
きれいに皺ひとつない、黒い紳士服から除く、真っ白なYシャツに赤いネクタイ


しかし、上はしっかり整っているが、ズボンのほうはというと、左足のズボンは破れてしまっている
つぎはぎから見えるのは、白い骨
白い骨には、ところどころ赤黒いシミがついている



左手にはシルクハットを持ち、挨拶代わりにシルクハットをおろす




しかし、シルクハットをかぶる頭はない。




首から上はなにもないのだ。



右の小脇に抱えるは、鎖とガムテープ、そして革のベルトで幾多にも巻かれてしまっている[なにか]
声はそこから聞こえるのだ。





物盗りの男性は、耳を劈くような悲鳴を上げた後、足がもつれながら首のない紳士とは逆の方向へ逃げ始める。



化け物だ!
化け物だ!
化け物だ!
化け物だ!
化け物だ!
化け物だ!



化け物だ!!!!






もつれる足を、転ぶ体を、震える心を押さえつけながら、必死に首なし紳士から逃げようとする。






すると





「助けて!!!」



男たちは、たまらず声を上げる。



逃げた先に立つは、黒い服を身にまとった女性
黒い髪を肩まで伸ばし、黒光りするスカートから覗く足は、先ほどの紳士と違いしっかり肌も肉もついていた
真っ黒な丸い目で、男たちを見据えている。


そして、その女性の右肩についている腕章は、紛れも無くこの国の自警団のマーク
腰には、細身の剣がぶら下がっていた。


「アンタ、自警団だろ!!! 助けてくれ!!!
 化け物が!!! 化け物がいるんだ!!!」


女性は表情を変えない。
どこか冷たく、男性たちをまるで見下しているようだった。
それでも、男性たちはその女性に縋り付く。




「首のない化け物が!!! 俺たちに!!! 声を!
 きっと、俺たちも首をとられちまうんだ!!!」



「                  」




少女は声を出さずに、口を動かす




「なにかいってくれよ!!!!!!」






男性が女性に返答を求めた瞬間


女性は剣を素早く抜き取ると




年老いた男性の首を吹き飛ばした




吹き飛ばされた首は、何度か瞬きをして、自分の離れていく体を確認した後、白目を向いた。




「これで、もう話せるわ」




女性は、口元をほころばせて笑い、首がなくなってしまった物盗りの男性に声をかける。




「彼は、そんなことをしないわよ
 ・・・・・・・・・・・・・・・
 あら、喋らないの?」






「あああああああああああああああああああああッッ!!!!!!」




もう一人の、首のついたほうの物盗りの男性が絶叫を上げる。




女性は、返り血の浴びた頬と、剣を構え





そして






「じゃあ、あなたから話を聞かないと」




















「いやあ、駄目だよノユウ。彼らも、私を見て話をするどころじゃなかった」


「そう……残念ね。私も、駄目だったわ」


「おやおや」



血溜まりに座り込む「ノユウ」と呼ばれる女性に、首なし紳士は歩み寄る。
ノユウは、喋らない首のない死体二つを、寂しげに見つめていた。



「不思議よね。私はあなたが全然怖くないのに
 だから、きっと同じような人が現れる」

「そうだねぇ。君もそういった人が現れればいいねぇ」

「ええ」


女性はふらつく足を支えながら立ち上がる。


「あなたみたいな人がたくさんいれば、私もちゃんとお話が出来るのに
 私、もっとたくさんの人とお話がしたいわ」

「大丈夫。きっと見つかるさ」




嗚呼、きっと現れる

首が無くてもお話できる、夢のような人に。






おもどり