<首なし紳士と首かり少女>
どんな太平の世が訪れたとしても、荒れる人間とは現れるものである。
就職できない人間、働くことができない人間
そもそも、働くより奪うほうが楽と思う人間
必ず現れるものである。
なくなるとすれば、人間の人格が多様ではなくなり、ひとつだけになるくらいだろうか。
だからこそ、自警団が必要となり、取り締まる人間は必ずいなければならないのだ。
ただ、その取り締まる人間が、仏の心を持つとは限らない。
それこそ、人の首を奪う人だっているのかもしれない。
◆
それは、月が見えない夜の日のこと。
ゴミ捨て場の近くに、血溜まりが出来ている。
血溜まりの真ん中の肉塊からごそごそと物音が鳴るかと思えば、黒い影が二つ走り去っていく。
「物盗りかい?」
黒い影は立ち止まる。
一人は、無精ひげを生やした、くたびれた格好の男性
もう一人は彼よりもいくばくか若い―――無精ひげの男性の皺をとったような外見の男性だ
もしかしたら、親子なのかもしれない。
「ただの物盗りならともかく、命を奪うのは感心しないなぁ」
男たちは、声のする方向、背後に目をやる。
先ほど使用した、血まみれの短刀を構えながら。
誰だ、と声を上げようとするが、言葉と意思は悲鳴に吸い取られていった。
「そんなに驚くことはないじゃないか」
闇夜に佇むは、ひとつの影
きれいに皺ひとつない、黒い紳士服から除く、真っ白なYシャツに赤いネクタイ
しかし、上はしっかり整っているが、ズボンのほうはというと、左足のズボンは破れてしまっている
つぎはぎから見えるのは、白い骨
白い骨には、ところどころ赤黒いシミがついている
左手にはシルクハットを持ち、挨拶代わりにシルクハットをおろす
しかし、シルクハットをかぶる頭はない。
首から上はなにもないのだ。
右の小脇に抱えるは、鎖とガムテープ、そして革のベルトで幾多にも巻かれてしまっている[なにか]
声はそこから聞こえるのだ。
物盗りの男性は、耳を劈くような悲鳴を上げた後、足がもつれながら首のない紳士とは逆の方向へ逃げ始める。
化け物だ!
化け物だ!
化け物だ!
化け物だ!
化け物だ!
化け物だ!
化け物だ!!!!
もつれる足を、転ぶ体を、震える心を押さえつけながら、必死に首なし紳士から逃げようとする。
すると
「助けて!!!」
男たちは、たまらず声を上げる。
逃げた先に立つは、黒い服を身にまとった女性
黒い髪を肩まで伸ばし、黒光りするスカートから覗く足は、先ほどの紳士と違いしっかり肌も肉もついていた
真っ黒な丸い目で、男たちを見据えている。
そして、その女性の右肩についている腕章は、紛れも無くこの国の自警団のマーク
腰には、細身の剣がぶら下がっていた。
「アンタ、自警団だろ!!! 助けてくれ!!!
化け物が!!! 化け物がいるんだ!!!」
女性は表情を変えない。
どこか冷たく、男性たちをまるで見下しているようだった。
それでも、男性たちはその女性に縋り付く。
「首のない化け物が!!! 俺たちに!!! 声を!
きっと、俺たちも首をとられちまうんだ!!!」
「 」
少女は声を出さずに、口を動かす
「なにかいってくれよ!!!!!!」
男性が女性に返答を求めた瞬間
女性は剣を素早く抜き取ると
年老いた男性の首を吹き飛ばした
吹き飛ばされた首は、何度か瞬きをして、自分の離れていく体を確認した後、白目を向いた。
「これで、もう話せるわ」
女性は、口元をほころばせて笑い、首がなくなってしまった物盗りの男性に声をかける。
「彼は、そんなことをしないわよ
・・・・・・・・・・・・・・・
あら、喋らないの?」
「あああああああああああああああああああああッッ!!!!!!」
もう一人の、首のついたほうの物盗りの男性が絶叫を上げる。
女性は、返り血の浴びた頬と、剣を構え
そして
「じゃあ、あなたから話を聞かないと」
◆
「いやあ、駄目だよノユウ。彼らも、私を見て話をするどころじゃなかった」
「そう……残念ね。私も、駄目だったわ」
「おやおや」
血溜まりに座り込む「ノユウ」と呼ばれる女性に、首なし紳士は歩み寄る。
ノユウは、喋らない首のない死体二つを、寂しげに見つめていた。
「不思議よね。私はあなたが全然怖くないのに
だから、きっと同じような人が現れる」
「そうだねぇ。君もそういった人が現れればいいねぇ」
「ええ」
女性はふらつく足を支えながら立ち上がる。
「あなたみたいな人がたくさんいれば、私もちゃんとお話が出来るのに
私、もっとたくさんの人とお話がしたいわ」
「大丈夫。きっと見つかるさ」
嗚呼、きっと現れる
首が無くてもお話できる、夢のような人に。
おもどり