―――ああ、やっと倉庫から出してくれたのか!!!
   外の空気ウメェ!!! 超ウメェ!!!


話し方がラフすぎるだろう。私は一人で暮らすには明らかに広すぎて必要ないと思われる、巨大なリビングに目玉を連れてきた。
全力で走ってもよさそうなくらい広さに、見上げると首がいたくなりそうな天井の高さ。
そして木彫りが細かすぎて、隙間とかに指を入れたくなるような感じのテーブル。
ふかふかすぎて落ち着かない椅子。
装飾が美しすぎて機能的にどれだけ収納できるのかと悩む棚。
ガラス彫刻の動物たちがいっせいにこちらを向いて座っている。
一言で言えば、THE・落ち着かない空間である。自重しろ。


◆元メイドと目玉神・2◆

「ところで妄想選民思考の強い目玉さん。
 貴方はおいくらで売れますかね?」


―――NO! 現金主義!! まだ妾を売るつもりか小娘!!

「私は貴方が売る以外の使い道をわからないのですが」

―――なにをいう!! 妾は神の目ぞ!! この世界が最初に生み出し
     大地や海、生き物を野に放ち見守る目であるのだぞ!!

「ワァースゴイ」


あぁ、駄目だこれは。お年頃の男の子が浮かばれない状態で死んだ目か……そうか……。
今度教会に持っていってお払いしてもらおうか……成仏しろよ……。
静かに私は、目玉が入った瓶に、引越しで使った風呂敷をかける。


―――??!!目が!! 目がー!!! なにをする!!!

「今日は疲れたんで、お休みなさい」

―――待たぬか!!! 貴様妾を痛い奴か何かだと思っておるだろう!!!

「正解過ぎて何もいえないですね」

―――えぇーーい!! 仕方が無い!! 悪く思うなよ娘!!


とびきり大きい声が頭に響いたかと思うと、急に視界がぐるり、と―――
否、左目だけがまるでシャッターが閉まるように、闇にすっと溶け込んでいったのだ。
片目だけが、別の体へ持っていかれるような―――
気持ちが悪い。ぐるぐると、平衡感覚を奪われる。



「っ……?」

思わず、左目を手で覆う。気持ちが悪い。ぐるぐると、眩暈がする。
こいつか、この目玉がやったのか!!!
……?


―――これ、手をはずさぬか。何も見えないではないか!


おかしい
おかしい
おかしい
おかしい!!


私は目を覆っている。視界は半分になってるはずだ
なのに、一体なにが起こっているんだ。

半分の目には、紫。一面の、一面の紫




―――すまんのう。お前さんの視界と、妾の視界を入れ替えさせてもらった

「……」

―――今はお前さんの左目が妾の目よ。元に戻してもらいたければ、妾の話を聞くがいい……
   っって!!?? なにをするんじゃお前さん!!!


私はふらつく足取りで風呂敷に包まれた瓶を手に取り、大きく持ち上げた


「叩き割ります」

―――ま、待たぬか!!! 話を聞くだけでいいのじゃぞ?! ぞぞぞ?!
   ひひひ、左目が永遠に見えなくなるのじゃぞ?! お前さんいいのか?!

「人の視界を勝手に奪い、自分の目を勝手にとって、話を聞けと強要する奴の目になる屈辱ですよ。
 この後どう脅されるかわかったもんじゃない。この場で断ち切ってやりますよ。
 割った後この目を繰り出せばハッピーエンドでしょうよ……」


―――や・やめろーーーっ!!! やめんかこの人でなし!!
   この……こんの、目殺し!! 目殺しーーーーーーっ!!!! いつのまにこんなにも人は冷たくなってしまったのじゃ!!
   創造主もこんなに冷たく荒んだ人間が蔓延るなど思わなかっただろうに!!!
   私がここで力尽きて本望じゃ!!! あぁ本望じゃ!!!! こんな恐ろしい人類が大地を闊歩する世界!!!
   滅びてしまえ!! 人類など滅んでしまえウワァアーーーーーーン!!!!


……
想像以上にめんどくさい奴だこれ……
というか……






[ねぇ。スファレ。やっぱりね、私が生きる道は。コレしかないと思うの]

[……次は助けないよ。私。もう懲り懲り。勝手にいって、勝手に死ねばいいんじゃないかな。
 次はどんな死に方をするのかな。きみは]

[あはは……でも……痛い目にあってる人とか……困ってる人がいたら……苦しいじゃない
 だから。だから。私、やっぱり。戻る]












「はぁ……」


私はそっと目玉のはいった瓶を置く。


―――……? おぉ! わかってくれたか……よいぞ!! 実によいぞ……!!
   やっぱり!! 妾は信じておったぞ!!! 最高!!FOOOOO!!! 人類最高!!!

「随分と調子がいいことで」


はは。と私は乾いた笑みを浮かべて、その目玉を見つめる。


「……話。聞けばよいのでしょう……お話ください」

―――お主……天使か……ただの天使か……天使かただの……大事なことだから倒置法で二回表現してしまったぞよ……
     聞いてくれるか!! あぁ聞いてくれ!!! 目を返すから!!! その目で妾を見て妾の言葉を聴いてくれ!!!

「ええ。構いませんよ」



くるり、と再び左の視界が反転したかとおもえば、再び視野が広がった。


―――それでは話をきいてもらお――――どうした、御主

「なんですか?」


ソファに座り、その目を見つめる。頭に響くは困惑の声


―――何故、そんな、顔をしておるのだ?

「……?」

―――さっきまでは、あんなに感情豊かだったではないか。
     なぜ、そんな……そんな、枯れた表情をしておるのだ?

「枯れた。とは女性相手に失礼ですね。
 困った人の話を聞いて、力になりたいだけの。そんな顔をしていますよ私は」

―――うぅむ……じゃが、そんな、諦めきった表情をするでない……
    もっと活気溢れた顔をせぬか!!! 美人が台無しじゃぞ?

「……とにかく、話をしていただけますか?」


ああ、胸糞悪い……そんな思いを押さえつけ、もう聞きたくない。という意味も込めて続きを聞く。


―――妾は目で出来ている。というのはさっきチラッと言ったと思うのだが……
    その、妾を構築している目玉がこの世にちらばっていてだな。
    最近になって、我が主人……創造主が活発に行動しておるのだが
    この不完全な体では創造主の復活を盛大に祝えることができぬし、なにより申し訳ない
    なので、妾を見つけてくれた御主。ついでにYOU妾の目玉探し手伝ってくれぬか?
    場所は大丈夫!! 近くに行けば大体の場所はわかるから、妾を持ち運んでふらふら歩けばよいのじゃ!!

「わかりましたよ」

―――エェーッ!!??? 早い! すっごい早い!!! お主早すぎるよ!!! 人生そんなに簡単に決めちゃっていいのyou!
    なんか質問とかないのか?! 妾大分無茶なこと言ってるし大分重要なこといってないし
    そもそもわかってない部分も多すぎるじゃろ!!! 質問絶賛受付中じゃよ!!! ほれ!!!!

「困ってる人を助ける。それだけですよ。
 あぁ。明日からはじめましょうか。今日は寝て、貴方を手助けする力を蓄えましょうか」


私は立ち上がり、寝室へ向かう。
初めてのここの夜だ。ベッドは寝心地がよいだろうか?


背後から聞こえる声には、耳を傾けることをやめた。



[困ってる人を。助けたいの]




そうだね。君はいつだってそういっていた。
そのたびに君は裏切られて、そのたびに助けても、きみはやめないんだ。
その所為で私がどれだけ傷ついたか。君は知らないんだろうね。
だからもうあきらめたんだよ。私は。
だから、私も同じことをしよう。

そしてあきらめよう。



私は、あきらめよう





忘れることをあきらめよう
きみを諦めることをあきらめよう
きみの生き方を諦めさせるのをあきらめよう
説得するのをあきらめよう


ふつうの生活をあきらめよう






そう





ぜんぶ。あきらめよう








―――うぅむ……



悩む。非常に悩む。
いや、悩む、というより、これは後悔だろうか?
あの若い少女の、あきらめきった、枯れた表情
妾と話している内に、そんな表情をさせてしまったのだろうか?
妾が悪いのだろうか。やだぁ……切ない……やだぁ……そんなの切ない……

目的も、理由も、何も言わずに聞いてくれたのはありがたいことはありがたい、
聞いても大分ぼかそうとしていたが自分……
だが、彼女は何も聞かなかった。
ただ、諦め切った表情で、首を縦に振った。それだけだ。



―――妾、名前も告げておらぬのだぞ……
    プロビデというあまりにもなうい名前があるのだぞ……かっこいいぞってドヤ顔で言いたかったのに……
    あ、妾顔無かった……欝じゃ……というかあの娘の名も知らぬのじゃぞ……妾寂しい……


目の神は、プロビデはぶつぶつと独り言を夜通し呟き続けた。



―――名も知らぬ娘よ。お主が気に入らぬ……あの諦めた顔が気に入らぬ……
    目が覚めたら覚悟するがいい……必ずや最初のあの感情豊かな顔にして見せるからの!!!



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