「さて、貴方の目玉はいくつあるというのです?」

―――…………

ごとり、と机に並んだ、目玉入りの瓶。
なかなかに壮大で気持ちが悪い光景だ。スファレは肩を竦め、目玉の自称神、をみやる。

「あなたのその、自分の目がある場所が大体わかるって能力?
 それは便利ですねぇ。おかげで2ヶ月もかからないうちに5つも集まりましたよ」

自分の体である、世界中に散らばった目玉を集めて欲しい。
そう願う、目玉の言葉に従い、スファレは町を渡り歩くことになっている。
目玉が大体の場所を地図で答え(目玉だけなので、指差すことは出来ないが)
その場所に足を運び、その持ち主にこう語るのだ。


―私はあの亡くなった、リヒテン伯爵の下で働いていたものです。
 かの者は、多くのコレクションを集めていました。その噂はご存知でしょう
 そのうちの一つ、悪魔の目玉たちが私を困らせています。
 貴方の家にもありませんか? 曰くつきの【目玉】が


あるものは「あぁ!」と慌てて倉庫に走るものもいれば
そんなものあったかしら……と不安げに探し始めるものもいた。
スファレの元主である伯爵は、それはそれはコレクターとして有名であった。
ある意味では、話がしやすくてとても良いことであった。
と、同時にスファレもまた有名人であることを知り、本人が一番げっそりしたものである。

―あの物好き伯爵が、メイドにご執心だ。

―あのメイド、あの悪趣味のもとで働いている。どんなごつい女だろうかと見たら
 なんてことはない、君のような美人だったんだね

頭痛がする。スファレはその言葉を聴くたびに頭を抱えた。
いや、やめたんですけどね、といいつつも、その伯爵に仕えていた証として
直筆の遺言を見せるたびに、あぁ貴方が噂の! と話を降られてしまう。
あの主、死んだ後にも思いっきり傷跡を抉ってくる。

大変だったでしょう? と苦笑しながら声を掛けられるが
本当に大変で思い出したくないのでぜひともその話は触れられたくないものだ。
あいまいな返事をしながらも、スファレの心の中は大荒れであった。

悪趣味なコレクションの部屋を掃除させられて、悪霊のような何かにとり憑かれそうになったり、
内臓むき出しの生き物(ざっくりとした紹介になるが、こう表現するしかない)を何度も見せ付けられたり、
どぎつい色の、悪趣味な装飾品を並べ立て長い長い話を聞かされる。
そんな日々だ。あの主の趣味の基準はなんだったのか自分でもよくわからない。

さてさて、そんな主の噂は見事に広まっていたわけで、スファレの遺言書も、覿面に効果を見せた。
ましてや、自分の家に得体の知れないよくわからない目玉があるだなんて、誰だって気持ちが悪い。
彼らは、呪われたものだと聞かされ、その呪いを解くために集めている、と声をかけると、
どうぞどうぞ、と大体の人物は快く譲ってくれたのだ。


―――あんまりだと思わぬか……?
   妾の目じゃよ? 妾神様じゃよ? お主なんて説明して見せてるのじゃ……
   悪魔の目とか、その、あんまりすぎると思わぬか……

「ちゃんと集めているんですから、それくらい我慢してください」

―――というか、妾の目皆軽々しく譲りすぎではなかろうか……
   もっと皆妾の目大事にして……

「だから、ちゃんと集まってるんだから逆にいいことではありませんか
 もっと苦労して集めたいのです? 私は遠慮しますけど」

―――おぬしも、ちょっとは疑問に思わぬか? というか、妾に聞きたいこととか無い?
   あるはずじゃ。あるといっておくれ。ほら、今なら何でも答えちゃいたい気分じゃよ?

「ありませんけど」

―――ほら、3文字で、最初が【な】で【え】のもので、気になるものない? 無い? あるじゃろ……

「次の貴方の目玉はどこにあるんです?」

―――あ……うん……お主、仕事一筋じゃの。トモダチ少ないじゃろ。彼氏いないじゃろ
   あたっているだろう? あたっているだろう??

「貴方は目玉を集めて欲しいんです? 私を詰りたいんです? どちらかハッキリしていただけませんか」

―――つらいよ……妾……辛い……


涙も出ないのに泣きそうじゃ! と渾身のギャグをいう(彼女にはそのつもりであった)目玉を尻目に、
スファレは地図をばさ、と広げる。この地域周辺からはじめよう、ということで、
ローレライの地が事細かに書かれた地図のど真ん中に、目玉の入った瓶を置く。

「はい。どのあたりでしょう?」


―――えぇっと






変わり者の魔導士がいる。
ローレライのとある都市の片隅にある、古ぼけた一軒家。
そこには、800年姿の変わらぬ魔導士がいるという。
というか、いる。普通に、いるのだ。
定期的に公の場所に現れ、学術の弁論で若者の論述を叩き壊し
時には戦争に現れ猛威をふるい
時には魔術理論をかざし、新たな学説をいまだ生み続ける。
800年、最先端を生きる男が、住んでいるという。


―――お主詳しいの。賢いの。凄いの。

「今から行く場所について下調べするのが普通でしょう?」

―――妾が褒めているんじゃよ? 喜びのあまり失禁してもいいんじゃよ?

「さて。その魔導士さんのおうちがこちらになります。
 変わり者だとかざっくりした、先ほどの情報しかございませんけど
 いつものように目玉を渡してくれるといいんですけどね」

―――妾くじけそう!! でも負けない!!!


いつも持ち歩いている箒で、肩をとんとんと叩く。
電車で2時間。肩が少々こった。


―――お主、その箒いつも持ちあるいとるんじゃのう

「護身用ですよ。護身用。あとどこでも掃除できますし」

―――それでするのか? かわっとるのう

「手に馴染んだものが一番使いやすいんですよ」


はぁ、と一つため息。
腰に目玉神のはいった瓶を下げる。外から見えないように小さな巾着に入れて。
外が見えなくてなにか喚きそうではあったが、目玉をいくつか集めてから何も言わなくなった。
力が少々戻ってきたからこのくらいどうということもない。
そういうことをいっていたがどうでもいい。
本当にどうでもいいとスファレは思った。


―――しかしびんびん感じるぞ! 妾の目玉の魔力しっかり感じる!!!
   さぁ行くぞ! 妾の声に合わせ―――


カランカラン

スファレは表情一つ動かさずに、古ぼけた家の呼び鈴を鳴らす。

外壁は少し黒く汚れてしまっているし、庭は全く手入れされていないのか
広いのは間違いないのだが、塀から家の外壁までビッシリ雑草が生えている。
玄関までの道は飛び石があったため、まだマシではあったが。
扉は別段大きいわけではないが、家自体は奥行きがかなりあるように見受けられる。
研究するスペースも家と一緒に作られているのだろうか?

そんなことを考えていながら待つが、なにも聞こえない。
チャイムの音と、外の空気が動く音しか、聞こえない。

首を傾げ、もう一度鈴を鳴らすが、錆びた金属の音しか聞こえない。
ふむ、と首を傾げた後、そっと扉に手をかける。ぼろぼろの取っ手に触ると、手にサビが付いた。
ぐ、と力をかけるとぱらぱら、と何かが崩れる音を立てながら開かれた。


―――観よ娘!! 鍵が開いてないぞ!! 進入しちゃう? 進入しちゃう?
   妾そういうのだいすき!!

「ふむ、しばらく開けてもなさそうですねぇ……本当に人が住んでいるのでしょうか
 う、廊下に埃が積もってる……汚い」

―――いや、間違いなく生き物は住んでおるぞ。限りなく人間に近い生き物がな

「ほう。おわかりになるのですか? そもそも、人間ではないのです?」

―――力を失ったとはいえ妾は神ぞ。……人間とは一線を画した生物など、すぐ理解する。
   娘よ、心して入れ。人あらざるものの空気が充満しておるぞ

「えっ入りたくないんですけど」

―――この流れでそんなこといっちゃう?! この雰囲気でそんなこといっちゃう?!
   入りたい〜。妾超入りたい〜。探険したい〜。凄く冒険したい〜。

「はぁ……靴で入るのは失礼よね……。スリッパ常備してきてよかった」


人あらざるものの空気、と目神入ったが、埃と篭った空気で充満していてそれどころではない。
ああ、掃除したい。今すぐ掃除がしたい。
仕事柄、室内の汚れや空気に敏感になってしまっている。
現に、今まで回ってきた家々も随分掃除をしてきた。
目をくれたお礼だと建前上ではいっていたが、実際掃除がしたくて仕方がなかっただなんて言えるものか。
職業病というべきか、潔癖症というべきか。

そんなスファレがまさに古ぼけ汚れた家を歩くのはなかなかに苦痛であった。
持ってきたスリッパはすぐに埃で半分灰色となる。
上から時折埃がハラハラと落ちてくる。肩におちてきて時折払った。
油脂製の汚れか、扉や壁には黒いべっとりとした汚れが付いており、調べるときに手についてしまい眉を潜めた。
カビで壁紙は汚れ、ところどころはがれている場所もある。

「……」

近くの扉をまず開けてみると、客室であろうか。
カーテンは締め切り、かび臭いにおいがつん、とした。
誰が飲んだのかわからないコーヒーカップが置いてある。
覗き込めば、どす黒くなった液体が異臭を放ち鼻を摘む。
ソファには埃が積もり、いくらかの書類が置いてあるものの黄色く変色している。
じっくり読む趣味はない。読みたくもない。その場から後にする。
ああ、なんだかイライラしてきた。
スファレは足音が乱暴になる。

―――カルシウム不足じゃ。そうイライラするでないぞ。
   というかこういう場面は少し怯えたりびびったりするものじゃろ
   どんだけお主精神力高いんじゃ。

「汚い場所に放り込まれたのがなかなかに不快なだけですよ」


がたん、と立て付けの悪い扉を開ける。
扉の上に積もった埃が頭にかかり、ああもう! と払う。

―――寝室、だろうか。
昼間だが、少し闇が深い。
此処はまだ他の部屋よりも、埃が浅い、気がした。
机には幾重にも書類が積んでおり、床にも散らばっている。
先ほど客室で見たものより変色はしていない。否、まだ綺麗だ。
日光に当たっていないからであろうか?
書いてある文章は、小難しい単語と方程式が羅列されている。
じっと見ているだけで頭痛がしそうだ。

そして、薄い青色のベッド―――には埃がかかっているが―――


―――誰かおる


部屋の真ん中においてあるソファ。ばらばらと散らばる書類に囲まれたソファ。
そこには、不自然に毛布がかかっている。
こんもりと山のようになったなにかに、毛布がかかっている。

……すぅすぅ、と寝息を立てながら。

不気味だ、と思う前に

よくもまぁこんな場所で眠れるな。と思うスファレの神経も危なくなっていた。

―――気をつけよ、それこそ人あらざる―――


目神が言い終える前に、スファレはばさり、と乱暴に毛布を引き剥がした。
それはもう、中にいる生き物を転げ落とすほどの勢いで。


がしっ、とソファから転げ落ちるそれは、ソファの前にある机に頭をぶつけたようで嫌な音を立てた。

―――思い切りの良さがあるのはいい女ーーーーーーーッ?!
   お主結構大胆じゃのーーーーー!!


「っ、つ。なんだ、……地震か……?」

「どちらさまかしりませんが。あぁ、こちらの主人でしょうか?
 お目覚めになっていただけませんか?」

「……客か? こんな乱暴な客、見たことがないぞ」

家に知らぬ人間。それも寝室にまで入り込んでいるというのにーーー
毛布からおちた男は、やけに落ち着いていた。

「こんな汚い家で寝てる主人も、始めてみましたわ」

「そうか。貴重だろう」


イライラがたまっていたスファレも、口調が今まで尋ねてきた家々よりも厳しくなる。
……というより、本来の彼女に近いものではあるが。


紫色の長い長い髪を一つに束ねている。
腰よりもまだ長いのであろうか?
青い、鋭い瞳がスファレを見つめる。


「論文を探しにきた学者か? 探検しに来た子供か?
 どちらのパターンにも当てはまらない風貌だが―――
 そんな魔力の塊を腰に下げている人間は、それほどみないぞ」

―――妾を察知したのか? おぬしほどの魔力の持ち主なら、おかしくもないか


「俺を誰だと思っている。ギルダン。数百年魔術を研究し続けた男だぞ?
 とりあえず、客なら座れ」

ギルダン、と名乗る男は不適に笑い、毛布を横にどけながら先ほどまで寝ていたソファに座る。
ぼふ、と埃が舞うのをみて、スファレは表情が凍る。

「ほら、椅子にでも座れ」

「此処に、座れと、おっしゃいますか?」

「床に座るのか? お前。あぁ、でも俺もたまに床に座る」


埃だらけのソファをみて、スファレはぷるぷると肩を震わせ


「掃除用具はどこです」

「は」

「掃除用具はどこにあるのです!」


き、と男を睨みつけ、詰め寄るように言う。


「私に掃除をさせなさい!」



しばらくの沈黙の中。
ふきだしたかと思えば、ギルダンの笑い声が響いた。





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